<<漆黒のネクロマンサー>>
第3章 転校生は小悪魔少女
篠先(しのさき)高等学校。それが燈影の通っている高校の名前だ。
一見、普通の高校なのだが、実は夢幻華へと通じる『扉』が存在する学校で、
学校の生徒や、先生方の中にも夢幻華楽と接点を持っている者もそれなりにいるとの事。
しかし、表向きは普通の学校なので、大半は何もしらない生徒たち、先生方でなりたっている。
ちなみに、学校の備品の中には夢幻華楽が仕事中に手に入れた物も混じっており、
夜になると勝手に動く人体模型や、ピアノ。眼球の動く肖像画などがあるというウワサもあるとか。
「おはよ〜ん、燈影」
「ん、おはよう翼」
「沙緒ちゃんもおはよ〜」
篠先高等学校二年四組の教室。
燈影と沙緒が昨日の仕事について話している時に現れたのは燈影の相棒、高野翼だ。
「沙緒ちゃんもおはよ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「おはよ〜沙緒ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの、怒ってる?」
「怒ってる・・・・・・ですって?」
さっきまで翼の挨拶を無視し続けていた少女が笑顔で、
しかし、額にしっかりと血管を浮かばせながらトゲの入った口調で言った。
同学年なはずなのに燈影や翼よりも大人っぽく見える知的な少女で、
名前は泉沙緒(いずみ さお)。眼鏡と三つ編みの似合う美少女だ。
「こ の や さ し い わ た し が お こ る わ け な い じ ゃ な い」
「そ、そうだよね〜。沙緒ちゃん優しいもんね〜。ダカ ラ クビ シメルノ ヤメテ・・・・・・・」
翼は笑顔の沙緒に首を絞められてバタバタと手を振りながらもがく。
「あんたは毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回!仕事をあげる度にどこそこ破壊して!
後で苦労するのは私だって事は分かってるでしょ!」
「ギブ、ギブ!」
翼の顔が黄色から赤、赤から青と信号機のように変化し、
さすがにマズイと思った沙緒が首から手を離す。が、沙緒の怒りは収まってないらしく、
眼鏡ごしに翼を睨む。
翼はと言うと、コホコホと咳き込みながら、ビシッっと右手を上げた。
「はい、沙緒ちゃん。言い訳させて下さい!」
「聞きましょう」
「沙緒ちゃんの怒った顔が可愛いから・・・・・・・って、ぎゃああああああああああ!」
再び沙緒の首絞め攻撃が開始された。
今度は少し照れも混じっているのか、沙緒の顔がほんのり赤く染まっている。
「冗談です、冗談です!限りなく本気だけど冗談です!お助け〜、ぐふっ」
翼は完全に動きを停止した。
沙緒は翼の首から手を離し、涙目になりながら、声を震わせる。
「ああ、こいつと私の仕事を交換してやりたい・・・・・・・」
そして燈影は、
「止めてくれ、退魔部と日本が廃墟になる」
冷静につっこむのだった。
燈影と沙緒と翼。この三人はともに夢幻華楽の退魔部に所属しており、
小学生の時からの知り合いである。そして、退魔部というのは
夢幻華楽の中でも、除霊や解呪などを仕事の中心としている場所だ
ちなみに、翼はもともと魔道部だったのだが、二ヶ月ほど前に
仲の良い燈影と沙緒のいる退魔部へと異動してきて、今に至るという事である。
さっきの様子から見ると沙緒と翼の仲はあまり良くなさそうに見えるが・・・・・・・・
これはこれで仲が良いのである。多分・・・・・・・・・
「え〜と、ところで、夕華(ゆうか)ちゃんはまだ?」
沙緒はぐったりしている翼の体を床に投げやり、ついでに頭をふみふみしながら
尋ねてくる。
本当に仲良しさんな二人である。
「沙緒ちゃん。下着見えてる」
メキョッ。 ぐふっ
「夕華は狼牙(ろうが)さんのところだな。すぐ戻ってくると思うが・・・・・・」
踏まれている翼は完全無視で対処。
するとその時。廊下の方からタタタタタッと軽快な足音が響き、
「ちわ〜っす」
そう言いながら一人の少女が教室に飛び込んできた。
大きな瞳にわずかに伸びた犬歯、どこか小動物を思わせる小柄な少女。
その名は夕華。
一応、柊(ひいらぎ)という名字があるが、あえて夕華と説明しておこう。
なぜなら、夕華は人間ではなく、妖狐であるため、本来の名字というものが無いのだ。
今は変化の術で人間の姿となり、この篠先高校の一般生徒として生活している。
「おはよ〜。サオ〜」
夕華もまた、夢幻華楽、退魔部の一員で、
先程、退魔部のリーダーの所へ行って来た所らしい。
その夕華はぴょこぴょことした動きで退魔部の三人が居る所まで来ると、
ふみ。
翼の背中に片足を乗せた。
「で、狼牙さんはなんだって?」
「あ、うん。ホームルームの後、皆で退魔部の方に顔を出せって言ってた」
「ホームルームの後に?何事だろう?」
「『必ず来い、来なかったら反省文を400字詰め原稿用紙500枚に書かせる』
って言ってた」
「地味に嫌な罰だな」
「本が一冊できちゃうね」
にかっと笑いながら、おどけたように言う夕華。
見た目は人間だが、中身は狐である。
「ご苦労様、夕華ちゃん」
「えへ〜」
沙緒の頭ナデナデ攻撃にほわほわ笑顔を浮かべる。
夕華はもともと妖狐として山中で生活していたのだが、自分の住処を守るため、
山を訪れて来た人たちを襲っていた事が原因で追われていたのだ。
そこに退魔部の燈影と沙緒が現れ、夕華を助けて以来、夕華は二人になついてしまい、
今では同じクラスに居るというワケである。
ちなみに、イヌ科の動物は上下関係を自分の中で作るのだが・・・・・・
ふみ、ふみ。ふみ!
どうやら翼は夕華の中で一番格下らしい。
沙緒も翼の頭に足を乗せているため、翼が二人の体重を受けて苦しそうにしている。
「お・・・・・・・重い」
そして、翼がとうとう女性に対して言ってはいけない一言を言ったトコロで、
メキョッ。 ぐふっ。
翼は本当に動かなくなった。
闇を照らすロウソクの光。
揺れる火とともに揺れる人影。
妖魔、霊魂、式。華楽を扱う事により大きな組織へと発展してきた闇結社の本部。
それは、人が住む世界と霊界の狭間にあった。
闇結社は仕事の関係上、敵対する組織が多いため、
本部は目立たない場所に建設されたという訳である。
入り口はとある都市の一角にある公衆トイレの裏。
他の組織も、まさか闇結社がそのような場所にあるとは思ってもいないだろう。
「そうか、式との連絡が途絶えたか」
重々しい声が響く。
その声を聞いているだけで気分まで重くなりそうだ。
「す、すみません・・・・・・・」
「いや、いい。娘を追うだけだと思って下級の式を送った私の責任だ」
視線だけで壁に穴を開けてしまいそうな鋭い眼光。
ひびが入ったかのようにはしる顔の傷と顔のしわ。
闇結社のトップであり、優魔の父である水無月厳夜は静かに目を閉じるとそう言った。
「しかし、優魔様はどうしたのでしょうか?今までは本部から出るなんて事はなかったのですが」
「ふん、どうせサスケあたりが優魔にいらぬ事を教えたのだろう」
そんな厳夜の言葉に、報告をしに来た青年はビクッと体を震わせた。
何せ、厳夜の言う『いらぬ事』を優魔に教えたのは他ならぬ、この青年だったからだ。
しかし、優魔の世話役だったこの青年は、優魔にどうしても真実を伝えたかった。
その結果、こうして逃げられてしまったのだが・・・・・・
「まあいい、優魔はあれで霊力が高いからな。見つけるのも時間の問題だ。それより、
私の式との連絡がどうして途切れたかが知りたいのだが?」
「あ、はい」
厳夜に先をうながされ、青年は報告書に目を落とし、厳夜の求める答えを探す。
「調べによりますと、式との連絡が途絶えた付近には式の姿はなく、代わりに、
数枚の呪符が発見されております」
「呪符・・・・・・か、その呪符から相手を推定する事は出来ないのか?」
「それは難しいですね。検査の結果、流通している呪符ではなく、手製の呪符のようで」
「ふむ。では、夢幻華楽か、単独の退魔師か、どちらかの確率が高いな」
それは少しまずい。
優魔が単独の退魔師に保護されたのなら問題はないが、敵対関係ともいえる
夢幻華楽に保護されたのであればかなりやっかいな事になってしまう。
「あまり気は進まないが、最悪の事態を想定しないとな」
「と、言いますと?」
「優魔の探査に黒璃(こくり)を加えろ」
「こ・・・・・黒璃ですか!?それはやり過ぎでは?」
「夢幻華楽との一戦も考えられる。悠長な事は言ってられないのだよ」
「し、しかし・・・・・・・」
「優魔には絶対に手を出すなと言っておけ」
「・・・・・・・・・・・はい」
青年は顔を伏せ、お辞儀をすると部屋の扉へと向かった。
「そうだ、お前は優魔の世話役だったな?」
「はい、そうですが?」
退室しかけた青年を厳夜が呼び止める。
「優魔が戻ってくるまでは別の仕事をしてもらおう」
「なんですか?」
「入り口の掃除だ」
入り口の掃除・・・・・・・
つまりトイレ掃除。
「そ、そんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
青年の悲しそうな声が闇結社の廊下に響いた。
驚愕!
両手を自分の頬に当てる。
今の驚愕っぷりなら驚愕世界選手権でダントツ1位で世界記録を作れる自身がある。
目を大きく見開く。
目が乾いて痛くなって瞬きパチパチ。
「そうそれ!その顔が見たかったんだよ!」
なぜにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
「今日、このクラスに転校生が来ました!」
燈影のクラス担任である山本明(やまもと あきら)はクラスに入るなり口を開いた。
かなり上機嫌のようで、一番前の席にいる燈影にはそれが良く分かった。
「ヒカゲ、転校生だって。いきなりだね」
真後ろの席にいる夕華が小声で話しかけてくる。そして、明が上機嫌だという事に
気付いた他の生徒が、
「先生!どうしてそんなに機嫌が良いんですか〜?」
と、立ち上がって聞いたところ、明は長い髪をかき上げながらフッと笑い。
「なぜなら、転校生が超絶美少女だからだ!」
堂々と宣言した。言い切った。
でもって、その明の言葉に男子たちが嬉しそうに声を上げた。が、それとは逆に
嫌な予感を感じる燈影。
転校生?超絶美少女?それって・・・・・・・・
「さあ、入って来なさい」
「はい、先生」
出たぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!
幽霊ではない。幽霊だったら速攻でぶちのめして経験値をもらってレベルアップして
ちょっぴり強くなっているところである。
しかし、明の声とともに入って来たそいつはキラキラと効果音をたてそうな振る舞いで
教卓。つまり燈影の眼前で立ち止まり、生徒たちの方を向いた。
その動きとともに跳ねるツインテール。
百万ボルトの百万倍は輝く瞳。
不敵な笑みを浮かべても嫌味を感じさせない口元。
昨日出会った時は髪が乱れていたが、今日は整えられているため美しさもちょっぴりアップ。
100人にきけば130人が美少女だ!と感涙しそうな少女。
水無月優魔!!!!
その美しさに男子が歓声を上げる。
女子ですらその美しさに目を奪われる。
そして、燈影は絶叫した。
何故にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!
「そうそれ!その顔が見たかったんだよ!」
成り行き上燈影の前に立つ事になった優魔は燈影の顔をビシッと指差しながら言った。
「ヒカゲの知り合い?」
前に乗り出すようにして夕華が尋ねてくる」
「・・・・・・・・・ああ」
と、答えつつも少し頭痛を覚えた。
この学校に来るのは良い。しかし、なぜよりにもよって同じクラスなのだ。
「では水無月君、自己紹介を始めてくれ」
「はい」
軽くうなずく優魔。
合わせてぴょこりと跳ねるツインテール。
明はカツカツと優魔の名前を黒板に書きつづり、優魔は手短に自己紹介を始めた。
「水無月優魔でっす。趣味は家事全般。学校の事とか、分からない事も沢山あると思うので、
色々と教えて下さいね。にこり」
ぐっはぁぁぁぁぁぁあああああああ!
男子たちは優魔の笑顔光線に胸をつらぬかれた。
流血こそしていないが、かなりの重傷だ。
中には椅子をひっくり返して倒れた者もおり、驚いた女生徒が思わず119に通報したくらいだ。
しかし、燈影は冷静だった。
「くすっ、男なんてちょろいもんだね」
と、優魔が呟いているのを聞き逃さなかった。
小悪魔だ。さすが全ての存在の中心女。
「は〜い、優魔さん。質問です!」
「なんでしょう?」
優魔の笑顔光線が強烈だったのか、鼻から赤い絵の具を流しながらも
一人の少年が立ち上がった。
「優魔さんには彼氏とかいますか〜?」
その質問は男子たち(先生も含め)ほぼ全員が気にしていた事なのだろう。
さっきまでは重傷だった生徒も、気絶していた生徒も示し合わせたかのように起き上がった。
「え?彼氏?う〜ん」
そこで優魔は思案気に、しかしいたずらっぽい笑みを浮かべると、目の前。
ようするに燈影の顔を見つめ、
「じゃあ、燈影で」
『じゃあ』って何ぃぃぃぃぃぃぃいいいいい?
「ぬぅあにぃぃぃぃいいい!」
「燈影、てめぇぇぇ!!!!」
教室が熱気に包まれた。
教室が殺気に包まれた。
燈影は男子に囲まれた。
その中には先生もいた。
「ちょっと待て、皆。あの迷惑悪魔にだまされてる・・・・・・」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇえええええ!」
教室の男子生徒(翼を除く)全員が敵となっていた。
殺気だけで某RPGのスラ○ムぐらいなら倒せる事だろう。
「ああ、今日は良い天気だな・・・・・・」
と、思わず現実逃避をしてしまう。
視線は窓をつき抜け、遠い彼方だ。
「燈影、貴様!ただでさえ校内美少女ランキングベスト5に入る沙緒さん、夕華さんと仲良いくせに!」
「こっちにも回せ!」
「つ〜か死ね!」
「だから待て!誤解だ!夕華も助けて!」
しかし、夕華は今の状況が分かっていないらしく、
「ほえ?」
と首をかしげると。
「よく分かんないけど、私もヒカゲだ〜い好き〜!」
声高らかに宣言した。
「ぎゃあああ!話が余計複雑化!?」
おかげで男子たちの攻撃力が更に+100されたもよう・・・・
燈影はワラにもすがる思いで、一人魔術書を読んでいる少年に助けを求めた。
「翼!助けてくれ!」
「ん?」
しかし、翼はワラよりも役立たずだった。
翼はゆっくりと転校生に視線を移し、次に狐少女、でもって眼鏡の美少女へと。そして、
「モテモテだな」
トドメの一言を放った。
「フ、フ、フフフフフ」
狂ったように笑い出す男子たち。
「残念だ。ひっじょおに残念だが、今日がお前の命日だ」
「安心しろ、葬儀には出てやるからな」
「義理がたく、アイツは良いヤツだったとも言ってやる」
男子たちの目がキュピーンと光った。
燈影は死を覚悟した。
十字をきった。
遺書を書いた。
ダイニングメッセージを書く準備もした。
さようなら。
そう思ったその時、助け舟が・・・・・・って言うか、こいつが元凶なのだが。
「ボク、立ってるの疲れちゃったな・・・・・・・」
優魔がそう呟いた。
瞬間。
「いやいや、すまなかった。空いてる席・・・・・なんて都合よくある訳ないな。
誰か水無月君の席を倉庫から持ってきてくれ」
担任の明が先生らしい口調でそう言うと、
「いえ、僕の椅子を使って下さい!」
「じゃあ俺の机を!」
「って言うか両方あげるし!」
男子たちは我先にと優魔につめよるようにして自分の席を持って行く。
しかし、燈影は冷静だった。
「ふっ、下僕がこんなに沢山」
と、優魔が呟いているのを聞き逃さなかった。
遊んでる。こいつ男で遊んでる!
と、それはさて置き。
なぜか優魔への席献上権をめぐりジャンケン大会まで開かれてしまった。
呆れた顔でその状況を眺める燈影。に、不思議そうな顔をした優魔が近寄って来て・・・・・・
「燈影はボクに席をくれないの?」
「教卓にでも座ってろ!」
燈影は優魔のほっぺたを引っ張った。
びにょびにびにょにょょ〜ん
やっぱり何かクセになりそうな弾力だった。
第4章へ続く・・・・・・・・・