設定→幼馴染

       

       <<漆黒のネクロマンサー>> 




     第2章 君を招いた招き猫



      ズズッと一口、お茶をすすって一息
     「取り敢えず、状況を説明してくれないか?」
      少なくとも普通に考えて、普通の少女が理由もなしに式神に襲われるなどという事はない。
     「状況?」
      しかし、優魔は質問を質問で返してきた。
     「だから、なんで帰る場所がないのかとか、なんで追われていたのかとか」
     「なんでこんなに美くしいのかとか、なんでこんなに可愛いのかとか?」
     「それはどうでもいいから」
     「でも気になるでしょ?」
     「全然、全く。少しも」
     「が〜ん」
      優魔は分かりやすくショックを受けながらもゆっくりと自分の事を語り始めた。
     「話せば長くなるんだけど・・・・・」


      <回想>
      
      そう、それはボクの部屋でのこと。
      ボクは何とも言えない不安を感じて目を覚ました。
      窓のない部屋からは、今が朝なのか夜なのか、はたまた昼なのかは全く分からない。
      ボクはこの不安をまぎらわせる何かを探して部屋を見回した。そして見つけたのが
     『人間堕落』
      真人間が犯罪に手を染め、悪魔に転身するまでを書きつづった小説。
      ボクは数時間かけて、その本を読んだのだけど、余計不安になってきた。
      
      仕方がない、それでは気をまぎらわせるために部屋でもかたずけるか・・・・
      そう思ったのだけど、困った事にボクの部屋は思いのほか綺麗だった。
      だから、取り敢えず棚のホコリでも落とそうと棚に手をかけたその時だった。


      ボクは箱に入った可愛い猫のキーホルダーを見つけた!


     「これなんだけど」
      そこで言葉を止めた優魔は持っていた手提げバッグから一つのキーホルダーを
     取り出した。そのキーホルダ−には招き猫のような、ムエタイのボクサーのような
     手つきの、どっちつかずの格好をした猫がついている。
     「これがどうかしたのか?」
     「可愛いでしょ?」
     「可愛いな。で?」
     「家にあったお金を盗んで家出しました!」
     「回想が役に立ってねぇ!」
      うなる燈影。に、
     「回想が入ると雰囲気がでるよね」
      優魔は嬉々とした表情でそう言ってきた。
      別に雰囲気の良し悪しなど知ったことではないのだが・・・・・
     「ん?ちょっと待て。どうして家の金を盗って家出した程度で式神に追われる事になるんだ?」
     「あ・・・・・」
      どうやら核心だったらしい。優魔は笑顔のまま表情を固め、
     ポタポタと冷や汗を流しながらぐいっと顔を窓の方へと向ける。
     「いや〜、今日もいい天気だね〜」
     「いや、確かにいい天気かもしれないが、、まだ夜だ。見えるのか?外・・・・・」
     「うわ〜ん、これだから突っ込みタイプはきらいなんだ〜!」
     「う〜るさい!いいから俺の質問に答えろよ」
     「うう〜」
      優魔は口をとがらせると、上目づかいで、両人差し指をつき合わせながら燈影の顔を見つめる。
     「あの、その、えと・・・・・・驚かないで聞いてくれる?」
     「ん?ああ」
      その返答に安堵の吐息をもらす優魔。
     「そ、それと。ボクも華楽に縁のある者だから、燈影はどこに所属しているのか知りたいかな?」
      華楽。それは科学に否定されてしまった存在の事を指し、
     普通の人ならば華楽という単語すら知らないことだろう。
      そして、優魔が尋ねた所属というのも、場合によっては敵対関係になるため、
     華楽を扱う人間にとって、所属はどこかという事は重要になってくるのだ。
      例えば、燈影は符術師になるわけだが、符術師として行動している人物は、
     たいてい夢幻華楽か、闇結社か、自営業の退魔師かのどれかに含まれる。
     「俺は夢幻華楽だが・・・・・優魔は陰陽道あたりか何かか?」
      陰陽道とは華楽の中でも比較的ポピュラーな組織で、華楽が否定された今の時代でも
     表で活躍している珍しい組織だ。しかも、夢幻華楽とは一応協力関係が結ばれている。
      燈影は優魔が式神に追われているのを見、優魔が式神使いの多い陰陽道に所属しているのでは。
     と、判断したのだ。
     「あはは、確かに陰陽道だったらよかったんだけど・・・・・残念ながらボクは闇結社。しかも、
     闇結社のトップである水無月 厳夜(みなづき げんや)の娘なんだ」
     「な!!!!」
      燈影の表情が固まった。
      夢幻華楽と闇結社はハッキリと敵対宣言をしているわけではない。しかし、
     闇結社は呪術や霊、式(式神)などを用いて頻繁に事件を起こしているため、
     自然とお互いに敵対意識を持つようになったのだ。
     「そんな、まさか!厳夜の娘・・・・・」
      声を荒げて驚愕する燈影に対し、
     「驚かないって約束したのに・・・・」
      と、不満気に口をとがらす優魔。そして、
     「その娘がこんなに美少女だったなんて!!!」

      が〜ん

     「あの、驚くポイントがちがくない?」
      世界の破滅がきても見る事ができないほどの燈影の驚きっぷりに、
     思わずジト目を送ってしまう優魔。
     「いや、すまん。娘がいるという報告は聞いていたが、(夢幻華楽の)皆は化け物顔を想像してたから」
     「うううっ、こんな超絶美少女がどうしてそんな誤解をされるのやら。しくしく」
      って、本当に泣きだしましたよこの人!
      つ〜か何気に自画自賛してますよ!
      
      しくしく→うるうる→→え〜んえ〜ん

      と、わざとらしい泣き声を三段進化させる優魔はおいといて。
     「まぁ、状況はだいたいわかった。つまり、厳夜の式神に追われてたんだな?」
     「うん・・・・・」
     「しかし、早い話が単なる家出だろ?帰らないのか?」
      そんな燈影の言葉に優魔は寂しそうな表情をすると、静かに燈影の顔を見つめた。
      宝石のように輝くうるんだ瞳にみつめられ、思わず

      
ドッキーン!!!

      とかなってしまう自分が悲しい。
      だってしょうがないじゃないか、顔は好みなのだから!
     「約束したんだ。大切な約束。それをどうしても果たしたくて・・・・・・だからお願い。
     これからずっと、ボクを燈影の家においてくれないかな?」
     「は?」
      燈影の頭上から疑問符がぴょこんと飛び出した。
      今、さりげなく重要な事を言われたような、言われなかったような・・・・・・
      どうやら燈影の脳の容量ではその事を瞬時に理解出来なかったらしい。
     「炊事、洗濯、部屋のお掃除。なんでもござれの優魔ちゃんでっす」
     「待て待て待て。俺には一生ここに住むと言ってるように聞こえたが?」
     「そう言いましたが何か?」
     
      ・・・・・・・・・・・・・・・

      当然でしょ?と胸を張る優魔に、思考が一瞬停止する燈影。
      2人の間にしばしの間沈黙が流れた。
     「俺はとりあえず、
今日は泊まってもいいって言ったよな?」
     「はい、そしてボクが勝手ながら一生この家に住むことに決めました」
     「勝手すぎるだろうが!」
     「幸い、家から盗んだ大金があるし、資金面もきっちりサポート!」
     「住む気満々か!?つ〜か気が変わった。今すぐ出てけ!」
      声を荒げて叫ぶ燈影。しかし、優魔はそんな燈影など完全無視で。
     「きっとこれからも父さんはボクを連れ戻そう式を送って来ると思うんだ」
     「そうか、それは大変だな。というか帰れ」
     「ボクは身を守る術や、父さんの式を追い返す力は無いし」
     「そうか、それは大変だな。というか帰れ」

      ・・・・・・・・・・・・・・・

      再び流れる沈黙。
      2人はそのまま見つめ合い、
     「ねぇ、知ってる?人は必ず何かをするために生まれてくるんだよ?」
     「それはまた、いきなりだな。とにかく帰れ」

      ・・・・・・・・・・・・・・・

     「燈影は自分が何をするために生まれてきたか知ってる?」
     「なんだよ?」
      つりあがってる瞳を更につりあげる燈影。それに対して優魔は不敵な笑みを浮かべ、
     「君はボクを守るために生まれてきたんだ!」
      ビシッと燈影を指差した。
     「出てけ!!!!」
      そして燈影はビシッと玄関を指差した。



      目覚まし時計の音。
      燈影はのろのろと体を起こし、目覚まし時計のスイッチをきる。
      朝に弱いというわけでは無いのだが、昨日の出来事のせいで睡眠時間が減ってしまい、
     そのせいで激しく眠い。
      軽く伸びをしてベッドから起き上がり、やはりのろのろと、
     昼ねをするカメにも負けそうなスピードでクローゼットへ向かう。
      燈影は夢幻華楽の一員として仕事をしているが、普段は普通の高校生である。
     今日もいつものごとく学校へ行くため、制服に着替えようと服を脱いだその時だった。
     「おっはよ〜、燈影。あっさだよ〜ん!」
     
      
超必殺、開けてからノック!

      エプロン姿の優魔が部屋に飛び込んできた。
      そして、目の前には上半身裸の燈影の姿。
     「!!!!!!!!!!!!!」
     「!!!!!!!!!!!!!」
      2人はお互いに声にならない悲鳴を上げた。
      優魔が顔から火を出しそうな勢いで顔を赤く染めると、慌てて部屋から飛び出して戸を閉める。
     「ちゃんとノックしろバカ!」
     「ちゃんと入ってからノックしたじゃん!」
     「ノックしてから入れ!」
      っていう燈影の叫びに、
     「なんてお約束なシチュエーション。男と女の立場が逆だけど・・・・・」
      優魔は部屋の扉に背をあずけると、そう呟いた。
      それにしても、なかなか素敵な体つき・・・・・
      って、何考えてるんだボクは!?
      ブンブンと首を振って思い浮かんだ映像を吹き払う。
      そして、代わりに昨日の夜の事に思いをはせた。
      一時は出て行けとまで言った燈影だが、家事全般をするのでお願いします。と、
     泣きながらお願いしたところ、燈影はやれやれといった顔で首を縦に振ってくれたのだ。
     「これで、野望に一歩前進だね〜」
      優魔は満足げに微笑むと軽く息をつく。
     「ほんと、長かった・・・・・」
      
       カチャ

      そこで、静かにドアのノブが回る音がし、優魔はそれに合わせてドアから離れ、
     燈影が部屋から出てくるのを待った。
     「朝食準備完了しました!」
      なぜか敬礼なんかする優魔。に、
     「ありがとう」
      と一言・・・・
     「で、ちゃんと食えるのか?」
      いや、二言。
     「失礼な。料理は結構得意なんだよ。この日のためにずっと練習してたんだから」
     「それは意外だ・・・・・」
      そんな会話をしながら居間へと向かう。

      んっ、この日のため?

      とかいう疑問も浮かんだが、テーブルに並んでいる料理を見たら、そんな疑問は
     どこかに走り去って行ってしまった。
     「お、美味しそうだ。本当に優魔が作ったのか?」
     「とことん失礼なヤツだな君は」
      怒りますよ?と言わんばかりに優魔が口をとがらせるのに対し、燈影は。
     「いやいや、褒めてるんだぞ?料理人になれるんじゃないか?」
     「ほんと?ほんとにそう思う?」
     「ああ」
     「そっか、がんばって作ったかいがあったよ」
      そこで優魔はにっこり笑うと自分の作った料理たちを見せびらかすようにして言った。
     「はい。本日の特別メニュー。特別白ご飯に特別お味噌汁に特別焼き魚〜」
     「へ〜。で、どこら辺が特別なんだ?」
     「料理名が」
     「・・・・・・・・・・・」
      燈影が静かなったところで、
     「いえいえ、ボクの愛がつまってます」
      とか投げやり口調で付け足した。
      まぁ、取り敢えず、2人は朝食が冷める前にとテーブルの前に座る。
      すると、丁度その時に一人の人物が居間に入ってきた。
     「おはよ〜」
      眠そうな目をこすりながら入って着た人物はのそのそとした動きで、
     テーブルの空いている所に座る。
      燈影とどことなく似ている目元。それでいておっとりとした表情。
      その名も雪原水都(ゆきはら みなと)。燈影より2つ年上のお姉さんである。
      起きてすぐに居間に来たのだろう。寝癖が激しく自己主張をしている。
     「おはよう姉さん」
     「水都姉さんおはよ〜」
     「ん〜」
      3人は軽く朝の挨拶を終えると、それが合図かのように3人は朝食を食べ始めた。
      朝食は見た目だけでなく、味も美味しい。
      普段は姉の水都と交代で食事を作っている燈影。
      それなりに料理に自信があったのだが、優魔の料理はそんな自分の腕前以上だ。
     「水都姉さん。お茶飲みます?」
     「うん」
     「燈影。おかわりは?」
     「ああ。食べる」
      と、まるで昔から一緒に住んでいたかのように振舞う優魔。
     なんて素晴らしい順応力!
     「あ、お醤油取ってきてもらえる?」
     「は〜い」
      水都の頼みに優魔は返事をすると、トタトタと台所へ向かい、
     醤油片手にトタトタと戻ってきた。
     「はい、お醤油」
     「ん。ありがとう・・・・・」
      水都は小さくお礼を言い、優魔から醤油を受け取ると、その優魔の顔を静かに見つめる。
     「どうしました?」
     「・・・・・・・・・・」
     「水都姉さん?」
     「・・・・・・・・・・・・・・・」
     「もしかして、目を開けたまま眠ってる?」
     「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
      とかいう優魔の言葉に反応した訳ではないだろうが、水都は目を閉じ、アゴに手を当て、
     しばしの間沈黙・・・・・・・・した後に一言。
     「あんた誰?」
     「姉さん。それは一番最初にするべき反応では?」
      そんな燈影のツッコミをさえぎって、優魔は嬉々とした表情で、
     「ボクの名前は水無月優魔。燈影の彼女でっす」
      さも当然かのように言いやがった。
     「ちょっと待て!そんな、当然のように嘘をついて・・・・・」
      しかし、その燈影の言葉もさえぎられ、
     「あ、そうなんだ。よろしく・・・・・」
     「あっさり信じやがったぁぁぁ!!!」
      燈影は頭を抱えて唸りたくなった。
      さすが天上天下、天外すらも唯我独尊な少女。他人の都合なんかおかまいなしに
     好き勝手な事を言ってくれる。
     「いつも弟が世話になってるね〜」
      なってない、なってない!つ〜か昨日が初対面!
     「全くです」
     「・・・・・今、軽く殺意が沸いたぞ?」
     「え、死刑?やっぱ罪状はボクの美貌ですか?」
      とか言いながら、照れますねっといった感じで顔を赤らめる。
     よくそこまで自分の良いように解釈できるな! とか言ってみたかったのだが・・・・・
      そんな顔を赤らめる姿が可愛いと思えてしまった。 
      最悪だ!
      優魔といると調子が狂う。これはもう、さっさと朝食を済ませて学校に行こう。
      それがいい、決定。
      燈影はそう思うが早いか、猛スピードで朝食を食べ終えた。
      おいしかった。
      立ち上がった。
      カバンを持った。
     「いってきます」
      そして、速やかに玄関へ向かおうとしたのだが、
     「待って」
      優魔に呼び止められた。
      何事か?と身構えたのだが、優魔は燈影を呼び止めたにも関わらず、台所へと姿を消し、
     布に包まれた箱状の物体を持って台所から出てきた。
     「はい。これ」
     「何。これ?」
     「決まってるじゃん。お弁当」
     「あ〜、ありがとう・・・・・」
      そう言えば昨夜、弁当の話もしたような気もする。が、昨日は優魔も自分と同じく、
     午前3時ごろに就寝したはず。それなのに早起きして、朝食だけでなく弁当まで・・・・・・
      燈影はちょびっとだけ優魔に対する評価を上げた。
     「燈影の彼女として愛情たっぷりのお弁当を作ってみました!」
     「あ、彼女って設定まだ続いてんだ・・・・・」
     「ちくしょ〜、こんな面倒な事に早起きなんかさせやがって!!!!!!!!!!!!!」
     「もれてるもれてる。本音がもれてる!」
      つ〜か『!』マーク多すぎ!
      燈影はそうツッコミながら、やっぱり優魔の評価を元の位置まで下げる事にしておいて、
     受け取った弁当箱をカバンにしまい、今度こそ玄関へと向かう。
     「待って!」
      しかし、またまた呼び止められてしまった。
     「今度は何だ?」
      疑問符を浮かべながら振り返る燈影。
      そして、そこには何故か目をつぶっている優魔が立っていて・・・・・・
     「いってらっしゃいのキス」
     「するかぁぁぁぁあああ!!!」
      燈影は思わず優魔のほっぺたを、びにょびにょと引っ張った。
      びにょびにょ〜んと弾力のある柔らかい頬。くせになってしまいそうだ。
     「とにかく!俺は学校に行くからな!」
     「はい。行ってらっしゃい隊長!」
      そんな元気の良い優魔の敬礼に見送られ、燈影は今度こそ玄関から外へ、
     そしてピシャリと玄関の戸を閉めた。
      優魔は姿の見えなくなった燈影にもう一度だけ
     「行ってらっしゃい」を言ってから、居間に戻った。
      そこでは水都が2人の会話などおかまいなしに朝食を食べていて、
     優魔が帰って来るなり口を開いた。
     「ところで優魔ちゃん」
     「はい?」
     「私たち。昔どっかで会わなかった?」


     「気のせいですよ・・・・」

      優魔はそんな水都の問いに微かに微笑むのだった。










     第3章に続く・・・・・・・