設定→幼馴染

             << 漆黒のネクロマンサー>>



    プロローグ

      それは突然の出来事。
      体が熱くなるのを感じ、それに加えて胸が苦しくなる。
      何が起きているのかは判らない。だけど、何か危険な事が起きる予感がした。
      そんな私の異常にいちはやく気付いたあなたは私のもとへと駆け寄ってくる。
     <<来ないで>>
      そう叫びたかった。でも、私は体が張り裂けてしまいそうな程の痛みに声を出す事が出来なかった。
     <<お願い、来ないで!>>
      しかし、私の思いとは裏腹にあなたは私のすぐ側まで駆け寄ってくる。
      私は痛みと、あなたに危険を知らせることのできない悔しさとで涙が溢れてきた。
     「大丈夫?すぐに誰か呼んで・・・・・」
     <<ぅああああああああああ!!!!!>>
      頭の中が白くなり、意識が朦朧としてくるのが自覚できる。
      そんな私が最後に見たのは・・・・・・


      
血まみれになって倒れるあなたの姿だった



   第1章 いつか出会った初対面




      時間は真夜中を過ぎたあたり。
      雪原燈影(ゆきはら ひかげ)は静まり返っている墓地に立っていた。
      年齢はそう、16、7歳ぐらいだろうか。
      わずかな月明かりが墓地を照らし、それが一層墓地たる事を浮かび上がらせ、恐怖をあおることだろう。
      しかし、こういう場所に慣れている燈影にはそんな事は関係ない。
     「もしもし、沙緒(さお)?」
      燈影は機嫌が悪いわけでもなくつり上がっている目をやはり機嫌が悪いわけでもなく少しつり上げ、不服でもないのに
     不服そうな口調で携帯に声を投げつけた。
      『あら、早かったわね』
      そう言ってきたのは少女の声、しかも、おそらく燈影と同じくらいの年齢だろう。その声の主は燈影の声を聞くなりそう応答
     してきた。
     「って、おい。まだ何も言ってないんだが?」
     『でも終わったんでしょう?』
     「・・・・・・・・・・」
      そんな燈影の無言を肯定とったのだろう、沙緒は更に言葉を続ける。
     『ご苦労様、一晩で三件は大変だったでしょう?手伝ってあげたいのはやまやまなんだけど、人手不足だから・・・・』
     「いい、沙緒が俺らに正確な指示をしなくちゃ事件は解決しないからな。不平を言う奴はいないはずだ」
     『そう言ってくれるとありがたいわ。それで?取り敢えず状況を説明してほしいのだけど』
      状況というのは、最近相次いで起きていた墓荒らしの件についてだ。その犯人をみつけだし、解決するのが
     今回の燈影の仕事だったわけで・・・・・・
     「ああ、予想通りここら一帯を荒らしていたのは死者の魂を宿したスケルトン(動く骸骨のような妖魔)達だった。
     正確には墓石から死者が出た際に出来たあとが墓地荒らしのようになったという事だ」
     『それで、きちんと除霊を済ませたわけね』
     「いや、話の判る奴等だったからな、もう一度眠ってもらう事にした。本人たちはなぜ目覚めたのかも判らない様子
      だったしな」
      燈影はそう報告しながら、先程収集した呪符を眺める。
      その呪符一枚一枚にはびっしりと漢字の羅列が並んでおり、
     持っているだけで人体に害を及ぼしそうな邪気を放っている。
      これは、スケルトンとして目覚めた人たちの墓石に貼られていたものである。
     『そう、それは良かった。で、死者が目覚めた理由の解明の方は?』
     「墓石に呪符が貼ってあるのを見つけた。十中八九それが原因だろうな」
     『そう、ありがとう。今日はここまでにして、家でゆっくり休んでいいわ・・・・・・と、その前に、同じ符術師として、
      今回の事件をどう思う』
     「間違いなく闇結社だな。呪符を見ればわかる」
     『また闇結社・・・・・。闇結社はこんな事をして、何が目的なのかしら?』
     「さあな。取り敢えず俺は翼(つばさ)と合流してから戻る。何かあったらすぐに連絡してくれ」
     『あらあら、まだ仕事をするつもり?休める時に休んでおかないと、すぐにも死者の仲間入りよ?』
     「ははは、3件目は話し合いですんだからな。まだまだ泳いで太平洋を渡るくらいの気力はある」
     『その元気は次にとっておきなさい。それでは、おやすみ』
      そこで携帯はきれた。
      本当は会話の相手である沙緒にこそ休んでもらいたいところなのだが、「私は肉体労働をしないから」とか言って
     誰よりも仕事をする。
      今度感謝の気持ちを込めて何かおごってやろうか・・・・・と、そんな事を考えていた時だった。
     「お、燈影み〜っけ」
      1人の少年の声が響いた。
      見た目からして燈影と同じぐらいの少年で、燈影とは対照的に機嫌が悪くても笑顔というような少年なのだが、
     はっきり言って性格は悪い。
      名前は高野翼(たかの つばさ)といい、燈影のクラスメートにして仕事の相棒である少年だ。
     「愛しの沙緒ちゃんとの電話は終わりましたかね?」
     「何をわけの分からない事を。つ〜かお前も仕事終わったらきちんと報告しろ」
     「いや〜俺はダメ。俺が電話すると沙緒ちゃん怒るし」
     「お前がいらんこと言うからだ」
      燈影はやれやれといった調子で呟く。

      夢幻華楽。(むげんかがく)それが2人の所属している組織の名前だ。
      元々は日本中に存在した多数の組織が統合されたもので、現在は、この世に存在しないとされる存在の処理や
     対処を行う組織となっている。しかし、もともとが別々の組織であるため、まとまりや統一感がなく、統合した今でも
     勢力争いをしているのが現状だったりする。

     「いや〜、でもさ。燈影と同じ退魔部に移動してよかったよ。魔道部の連中って頭かたいのばっかでさ〜」
     「そうか?俺としても魔術師が戦力になってくれるのは嬉しい・・・・・が、お前のせいで苦労する沙緒が可哀想だ」
     「ううっ・・・・・沙緒ちゃんも可哀想だよな〜。泣けてくるぜぃ」
     「元凶が泣くな」
      しくしくと本当に涙を流す翼。まぁ、翼のこういったところが沙緒の頭を悩ませる事になっているのだが・・・・・

     「!?」
      と、その時、2人の表情が固まった。
     「いるな?」
     「ああ」
      2人は人間のものではない気配を感じとり、、顔を見合わせる。
      はっきりとは分からないが、先程話し合いをしたスケルトン以上の数。
      自分たちの方へ向かっているのかとも思ったが、そうでもないらしい。
     「翼!」
     「はいはいはい」
      燈影の言葉に翼は三回いい加減に返事をすると右手に持った鉄製のフライパンを軽く回転させ、
     「サイトヴィジョン!」
      短く呪文のようなものを唱えると、2人の前に金の縁で飾られた鏡が姿を現した。
      ちなみに、翼の振り回した鉄製のフライパンは魔術用の杖として翼が愛用している物だ。
      料理もできて魔法も使える優れものだとかなんとか。
     「ん〜、暗くてよく見えないけど、誰かこっちに向かっているね」
     「闇結社?」
     「さあ?だけど後ろに映っているのは妖魔じゃないかな」
      確かに翼が作り出した魔法の鏡は15体ぐらいの人ではないモノの影を映しだしていた。
     「一番前の影は人だな。もしかして追われてる?」
     「そうかも」
     「・・・・と、そんな事言っている場合じゃないな。助けに行こう!」
      状況をある程度把握した燈影は素早く自分の持ち物を確認しながら翼に同意を持てめるように叫んだ。が、
     「無理!」
      翼が叫んだのは燈影の意思とは違った答えだった。
      いつものゆるやかな表情とは違い、真剣な翼の顔に戸惑う燈影。
     「どうした? 何か問題でもあったか?」
      普段はそんな真剣な顔をしない翼だ。燈影は心配そうにそう尋ねたところ、翼は静かに顔を伏せ。
     「実は・・・・」
     「実は?」
     「今のサイトヴィジョンで魔力ぎれ〜、これはもう宿屋にでも泊まってMP回復しないとダメですな〜」
      急にいつもの笑顔に戻ると間延びした声でそんな事を言いやがった。
     「ふざけんな、気合でどうにかしろ!」
     「うん、気合でがんばってね、燈影!」
      もう、燈影一人に行かせる気満々らしく、翼はビシッと親指を立てると、ついでに きらり〜んと白い歯を輝かせた。
     「心配しないでも大丈夫。燈影なら出来る。僕はそう信じている。というワケでおやすみ〜ん。また明日ね〜」
     「あ、こら。待て!!」
      しかし、翼はそんな燈影の静止などおかまいなしにフライパンを軽く振り回し、
     「レビテーション」
      と呪文を唱えるやいなや、宙を浮くとそのまま猛スピードで空を駆け抜けていった。
      後に残されたのは呆然と空を見上げる燈影。
     「って、魔力残ってるじゃねぇか!」
      
          か!    か!    か!

      そんな燈影の空しい叫びが静かな墓地にこだました。



      この世に存在しないとされる存在、もしくは事象。それらは夢幻華楽など、その存在を知っている者たちからは
     科学と対なる物として華楽(かがく)と称されている。
      いつしか世界は科学を中心とした社会となり、同時に人々は華楽の存在を否定してしまった。しかし、それは
     華楽と称されるものを扱う組織を社会の裏に押しやった反面、そういった組織を好き勝手にのさばらせるといった状況
     を呼び起こしてしまったのだ。
      例えば、よくある問題として呪術などがある。華楽の存在を認められていた時代では人を呪殺すれば当然罪に問われて
     いたのに対し、今の時代は人を呪殺し放題というところがある。なぜなら、あくまで科学の世界では
     呪殺は原因不明の死と扱われるからだ。
      そこで、そのような華楽を悪用する組織を殲滅するためにも夢幻華楽という組織は力をかけているのだ。


     「封魔封印!」
      凛とした声。
      宙を飛ぶように舞う札が頭部から2本の角を生やした妖魔にはりつき、同時に爆炎が巻き起こる。
     「これで9体目。追われているヤツが無事ならいいが・・・」
      燈影は1人呟きながら先を急ぐ。 
      辺りを徘徊しているのは目的もなくさまよっている妖魔とは違い、
     明らかに1つの目的に向けて行動しているように思える。
     「闇結社の式神使いか・・・・」
      先程呪符の攻撃で撃退したのも鬼の形態をした式神だ。
      それにしても翼のやつ。長い付き合いなのにさっさと帰りやがって。今日帰ったら覚えたての呪術で実験がてらに
     呪ってやる!とか、邪悪な思いにふけっていた燈影の耳に悲鳴のような声が聞こえた。
      それ程離れていない場所。人間の女の子の声だ。
     「間に合ったか」
      燈影は両手に呪符を構え、月明かりを頼りに墓地を抜けた場所へと駆け込んだ。
     
     「い〜や〜!」
      すると、切羽つまっているような、でもまだまだ余裕がありそうな悲鳴をあげている1人の少女が、頭を抱えながら
     地面にしゃがみこんでいる姿。そして、その少女を半円を描くようにして囲んでいる4体の牛の頭を持つ、2足歩行の生物が
     今にも少女に襲い掛かりそうな姿が目に入った。
     「牛鬼?闇結社の式神か・・・・」
      そんな牛鬼から逃げていたのだろう。2つにくびられたツインテールは乱れており、肩で息をしている少女。
      月明かりでわずかに明るくなっているとはいえ、辺りは暗い。しかし、それでもはっきりと分かる程の美少女だった。
      100人にきけば120人が美少女だと叫ぶに違いない。
     「ふっ!」
      燈影は小さく息を吐き、足に力を入れると少女と牛鬼との中間地点に向けて走った。
      そんな燈影に気付く少女。
      目の合う2人。
      少女は少し潤んだ瞳をしていたのだが、燈影を見つけた事で顔をぱっと輝かせた。
     「わ、丁度いい時に来た。そこのキミ。お願い、ボクのこと助けてくれないかな?」
      少女は手を合わせて懇願する。
      もとより助けるつもりだった燈影はそれには答えず、小声で呪文を唱え始めた。それは少女を素早く助けるためにとった
     行動だったのだが、少女は燈影の無言を否定と取ったらしい。
     「ね、ちょっと、本当にお願い!助けてくれたらお礼にさっき飲み干したジュースの空き缶あげるからさ!」
     「いらねぇ!」
     「遠慮しなくてもいいんだよ?」
     「本心だ!」
      叫んだせいで呪文がとぎれてしまった。しかし、少女への危険は回避されたようだ。
      牛鬼は霊力の高い燈影を害のない少女よりも先に対処すべきと考えたからだろう。
     「助けて〜! ねぇ、助けて〜!」
     「ええい、うるさい!助けてやるから!」
     「・・・・・た・・・・・す・・・・・け・・・・・て〜」
     「いや、静かに言えばいいというワケでもなく!」
     「わざわざつっこみご苦労様。もしかしてつっこみタイプ?」
     「うっさい!」
      燈影は牛鬼の振りかざしてきた腕を体の軸を左にずらすようにして避け、今度こそとばかりに呪文を詠みあげた。
     「符術招来>>召霊召命>>叫鳴連華」
      燈影の構えた2枚の札に目には見えない力、霊気が集束する。しかし、目には見えなくとも感じ取ることが出来る程の
     強い霊気の流れが辺り一面を覆う。
     「空牙雷陣>>夙地烈波>>封魔封印!」
      力ある一つ一つの言葉がスパークを起こすように重なり合い、その力を解放する言葉とともに二枚の札が弓で射られた
     矢のように飛んだ。
      青く輝く二枚の札。
      空を切り、それとともに大地を裂くような音。
      そして二枚の札が牛鬼たちのいる付近まで飛び、地面に付着すると同時に白い電撃がバチバチと音をたてながら
     その牛鬼たちを包んだ。
      牛鬼たちの張り裂けんばかりの咆哮。
      まるで火山が噴火するかのように大地が裂け、その土の破片が次々と牛鬼たちへと降りかかった。
     「符術師? しかも並の霊力じゃない・・・・・」
      少女は目の前で起こる、映画の撮影だと言われても納得しないような光景を見、唖然とした表情で呟いた。

      パラ パラ パラ

      静かに舞い落ちる土埃が動かなくなった牛鬼たちに降り注ぎ、そこは元の静かな墓地へと戻っていた。
      木々を揺らし、わずかに聞こえる風の音。
      月明かりが2人を照らす。
     「怪我はないか?」
      少女に歩み寄る燈影。そして少女は月明かりに照らしだされた燈影の顔を見て表情を変えた。
     「あ・・・・・・」
     「あ?」
      かすかに開かれる少女の唇。
     「あい・・・・・」
     「愛?」
      月の姿を写す潤んだ少女の瞳。
     「会いたかった!」
     「ぐぼぇっ!」
      そして回避不能な勢いで燈影の胸に飛び込む少女!
      燈影は少女から意外な攻撃を受け、そのまま地面へと転倒した。頭を打った。痛かった。
     「まさかこんな所でキミに会えるなんて、夢にも現実にも思わなかったよ!」
     「いやいや、まてまて。会いたかったも何も、俺はお前の事なんか知らないぞ?」
      それは事実だ。間違いない。そもそも100人にきけば120人が びびび美少女だ!と叫んでしまいそうな容姿をした
     少女である。1度見たら忘れようがない。少なくとも顔は燈影の好みだ。
      ええ、白状 しますとも、顔はスゴク可愛い!
     「やだな〜、ボクだよボク。水無月優魔(みなづき ゆうま)覚えてるでしょ?」
     「全然、全く。少しも」
     「が〜ん」
      優魔と名乗った少女はわかりやすいリアクションをしながらショックを受けた。
     「そ、そんな・・・・・本当にボクのこと忘れちゃったの?」
      燈影よりもわずかに身長の低い優魔は、燈影を見上げたその瞳からポロポロと涙をこぼし始めた。
      そのため、燈影は思わず・・・・
     「ご、ごめん」
      と、慌てて謝ったのだが、その瞬間に優魔の表情は一転。
     「しょうがないよね。初対面だし」
      あっけらかんとそう呟いた。
     「ちょっと待て!それは覚えている覚えていない以前の問題だ!」
     「え?だってボクってば美の女神がひれふすくらいの美少女じゃん?だからキミがボクの事を知っているのは当然。
     必然。って言うかキミはボクの事を知っている。そうボクが決めました。決定」
      自己中心少女だ!
      燈影は心の中で叫んだ。
     「あのな・・・・・お前。地球は自分を中心に回ってるとか思ってないか?」
      いやきかなくても分かる。例えそれを否定したとしてもコイツは自己中心だ! そう結論を出したのだが、
     「そんな事ないよ!」
      優魔は口をふくらませながら怒った。
     「宇宙、天国、地獄。異世界だってボクを中心に動いてるんだから。地球規模じゃ小さすぎ!」

      天上天下、天外すらも唯我独尊ですか!?
      ここまで自信を持って宣言されると尊敬の念すら沸いてくる。いや、天然記念物として保護するべきかもしれない。
     「あ、そんな事より、さっきは助けてくれてありがとう。お礼にこのジュースの空き缶・・・・」
     「捨てろ!」
      空き缶はクズカゴに!
      燈影は優魔が差し出した空き缶を押し返しながら立ち上がる。
     「とにかく、もうこの辺には強い霊気も感じられないし、お前も家に帰れ。必要なら送ってやってもいい」
      右手を差し出し、それにつかまる優魔を引き上げるようにして立たせる。と、
     「あの・・・・えっと・・・・その・・・・・えぅ」
      優魔は気まずそうに口をもごもごと動かした。
     「どうかしたのか?」
      目つきと言葉づかいは悪いが、口調と性格は優しめの燈影。に、優魔は意を決したかのように言った。
     「ダ、ダンボールと新聞紙!」
     「は?」
     「・・・・があれば取り敢えず夜をしのげるかな〜っと・・・・・」
     「え?」
     「あと、橋の下とか公園などを紹介してもらえると助かったりするわけでして・・・・・」
     「ちょっと待て、それじゃあまるで・・・・・」
     「帰る場所なんてないんだよね。ボク・・・・・」
      両手の人差し指をつき合わせながらの優魔のセリフに燈影は頭を抱えると・・・・・
     「取り敢えず来るか?うち・・・・・・」
      一つの提案を口にするのだった。



         2章に続く・・・・・